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人生詰んでるわたしの人生のきろく。

(L)GBT、メンヘラ、オタク、加えてデブスでなんだかすごいスペックのアラサー女が人生詰みつつまだ生きてる。

気付いたこと

2回目にもかかわらず、随分久しぶりの更新となりました。三日坊主にすらならなかった。まあそういうのもアリだと思う、あくまで個人の趣味と言うか備忘録と言うか、そういうものだから。
やりたい時にやりたいことを、がモットーです。図々しいくらい自分勝手に生きていきたい。

と言うのも、最近今更自覚したことがあるんですね。
それは、自分はアダルトチルドレンなのかも知れないな、ということ。自分の中に、いわゆるインナーチャイルドを飼っているのかな、ということです。

きっかけはふとしたことです。
たまたま話した人(その人もセクマイだそうで、仮にRとしましょう)と色々突っ込んだ話もしていた際。
どうやらRはメンヘラに抵抗というか、トラウマというか、以前の恋人がメンヘラで苦労したそうなんですね。

「大人になるって、いろんな感情に鈍くなっていくものだと思う」
「思春期とか厨二病みたいな感受性の豊かさをいつまでも持っていたら苦しいまま」
「だから、楽しいことだけ考えるようにする。余計なことは考えない。それが大人になるってことだと思う」

Rはそう言っていました。
でもわたし、全然共感できなくて。

「人間なのに、考えることをやめるの?それって人間として生きてる意味があるの?死んでるのと同じじゃない??」

純粋に、そう思ったんですよね。

そしたらRには一蹴されました、「そういうところがメンヘラなんだ」と。

嫌いじゃなかったけど、この子とは分かり合えないなあと思った瞬間でした。


そして、考えました。

「自分の考えは間違っているんだろうか?」
「子供のような青臭い考えがいつまでもずっと付きまとっていて、だから周りとの差に苦しむのだろうか?」

でも、自分の考え方とか思考回路とかって、意識的に変えることってとっても難しいです。
少なくともわたしはそう思う。

でも、「考えること」をやめるくらいなら、わたしは生きてる意味なんて無い気がするんです。

勿論、なんにも考えたくない!とか、もうやだ!全部やだ!!って思うこともあります。
そういう時は一時的に逃げたりもします。でもそれってあくまで一時的な解決策で、結局また元に戻ってくるんです。


自分の考えてることって変なの?いくら前向きに考えようとしても、納得のいくものといかないものがある……。

もやもや考えてたとき、ふと思い出しました。
何年前のことだか定かではないけれど、2~3年以上は前になるのかな。
以前の病院の主治医に言われた言葉を、ふと思い出しました。


『きみには、認知の歪みがある傾向にある』


認知の歪み。当時は初めて聞く言葉の意味が分からず、ググってああなるほど確かに当てはまるなと思い、それで終わりました。

でも最近、改めて調べ直してみたんです。
すると、関連する言葉が見つかりました。それがアダルトチルドレンです。


「もしかして、自分もそうなのか?」
「わたしの中には、インナーチャイルドが存在しているのか?」
「だとしたら、なぜ?」


……考えてみると、思い当たる節は色々とありました。


29歳。来年の夏には、30歳になります。
初めて手首を切ったのが中学三年生の秋で、高校一年生の頃にはクリニックや大きな病院に行き、そこからわたしの「メンヘラ人生」は本格的にスタートしました。

今までの人生の半分を、そうやって過ごしてきたことになります。


そろそろ、自分と向き合ってみてもいいのかな、と思うんです。
それはきっと、決して楽なことではないけれど。


変わりたい。
その気持ちは漠然と、ずっとずっと持ち続けていました。
だけど、変われるのかな。
その不安も、ずっとずっと抱えていました。そうして今、こんなところまで来てしまった。


小学校一年生からの仲の友人がいます。
いつか彼女と話した際、彼女が「自分はハタチになるまでに死ぬと思ってた」と零したことを、とても強烈に覚えています。
彼女がいじめに苦しみ、リストカットをしていたことが、わたしの自傷行為のきっかけでもありました。彼女の痛みを理解したいと思った、ただそれだけだった。いつの間にか、自分の現実逃避の行為になっていたけれど。

ハタチまでに死ぬと思ってた。
今でもわたしは、30歳になるまでに死ねたらいいと思う気持ちはあります。


でもだからこそ、今、ちゃんと向き合おうと思いました。
自分と、周りと、今までと、これからと。


思い出したように綴る言葉ではありますが、また何かご縁があれば、「コイツまだ生きてんだな」と思っていただけるとわたしがちょっとほくそ笑みます。


11月7日、眠れない夜に。